2017年3月30日木曜日

雨と木曜日(122)

2017.3.30.

菜の花

木曜日更新のエッセイ。
今回は、春の老夫婦〜『狂気の愛』とブルトン〜『灯台へ』。



春らしい暖かな日。杖を突いたおじいちゃんとおばあちゃんを見かけた。おじいちゃんは右腕で、おばあちゃんは左腕で杖を突き、真ん中で手をつないでゆっくり歩いている。おばあちゃんはなにやらうれしそうに笑っており、おじいちゃんもご機嫌がよさそう。商店街を端の方まで抜けてゆく光景を見て、きっと地元のひとなのだろうな、と思う。寒暖差の激しい東京。外出するひとも増えるね。水辺では菜の花が咲き始める。

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『シュールレアリスム宣言』で有名なアンドレ・ブルトン(1896-1966)。『狂気の愛』というやはりシュルレアリスムの作品を遺しており、愛をほとんどイデアのように高めて、世俗的な恋愛事情には左右されない、純粋なものとして固定しようとする。他方、本人は恋愛と結婚をくり返す人生を送った。そこから愛だけを分離したかったかのようだ。ともあれ、最後の章はまだ幼い愛娘に当てられた愛の讃歌となっており、美しい。

A.ブルトン、『狂気の愛』、海老坂武訳、光文社、2008

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ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』は、20世紀初めの「意識の流れ」を取り込んだ長編小説。と紹介されるが、この本のユニークさは、むしろ、ほとんどなにも起こらないこと。起承転結どころか、事件らしい事件もない。その筆は、繊細さに震えもし、またときに抽象性をもって一つの家庭と、その主婦を描き出す。スコットランドの辺境。客人たち。「意識の流れ」について言えば、一段落ごとに「意識」の主体が変わる箇所は類を見ない。

V.ウルフ、『灯台へ』、御輿哲也訳、岩波文庫、2004