2016年7月17日日曜日

クレーヴの奥方とトルバドゥール文化

『クレーヴの奥方』は16世紀のフランス宮廷を舞台にした恋愛小説だが、これを読んでいると、10〜12世紀に隆盛を誇ったトルバドゥール文化との共通点が見えてくる。

トルバドゥール(「吟遊詩人」とも訳される宮廷詩人)時代の宮廷恋愛文化は、歴史的に特異なものとして取り扱われる。

それは愛を崇高化する側面が強く、そのためにこれをもって「恋愛の誕生」だとする説も唱えられるくらいだ。この特徴ある恋愛文化が、(僕にとっては)意外にも16世紀のフランス宮廷にまで強い影響を及ぼしていた、というのが、今回の発見である。

トルバドゥールの宮廷風恋愛には以下のような特徴がある。

・高貴な貴婦人(既婚)に愛を捧げること。(それを詩に歌う)。
・それはフィナモール(至高の愛)と言われ、誠実さ、忠実さとプラトニックな側面を強くもつこと。
・「恋愛」と「結婚」を別物として、はっきり区別すること。(結婚した夫婦間には真の恋愛はない、と言われた)。

こういった特徴が、『クレーヴの奥方』の恋愛にもかなり認められる。ただし、トルバドゥールとちがって、詩は詠まず、また多くは対等な身分間での恋愛ではあるが。

また、「アキテーヌ公」という名前が、本書のなかに一箇所出てくるのだが、これは南方のトルバドゥール文化を栄えさせたパトロンであり、さらにそれを北方のトルヴェール(同じく宮廷詩人)文化へ移した、アリエーヌ・ダキテーヌと無関係ではないはず。

これまで、トルバドゥール後の歴史というと、ドイツのミンネゼンガーへの影響や、イタリア、ダンテらの清新派への詩的な影響が目についてきたが、単純に、フランス本国での宮廷恋愛は、このトルバドゥール時代に原型が作られ、のちのちまで色濃く影響を残していたようだ、と考えたくなった。

【参考文献】
『クレーヴの奥方』、ラファイエット夫人、永田千奈訳、光文社、2016
『吟遊詩人』、上尾信也、新紀元社、2006
『恋愛の誕生―12世紀フランス文学散歩』、水野尚、京都大学学術出版会、2006