2016年1月3日日曜日

【本と珈琲豆】熊野純彦『西洋哲学史』(2巻)

岩波新書から2巻本で、西洋の哲学史をまとめている好著。該博な知識とバランス感覚を両立させつつ、著者の思い入れや個人的な考えを抜いて、叙述に徹した本。



全体を通して言える長所は、個々人の哲学者に触れながらも、一本の流れとして西洋哲学史の変遷を辿っている点。各論の寄せ集めではない。原書からの引用が多いのも利点。

1巻目の「古代〜中世」は素晴らしいまとめ具合で、古代ギリシャ〜エーゲ海の地誌・風土や政治的状況にも触れながら、多くの哲学者たちの多様な思想を紹介してゆく。古代ギリシャにかなりの紙数を割いている。

中世は史的な重要性からすると顧みられない機会が多いように思うが、きちんと押さえてある。神学と哲学が交錯する様子がよくわかる。「キリスト教に抑圧されて……」といった古い通念はまったく姿を消している。ここは貴重な箇所。

2巻目はデカルト以降、ハイデガーでほぼ終わり、最後に「語りえぬもの」(ウィトゲンシュタインやレヴィナス)をもってくる、というまとめ方。だから、現代フランス思想についてはほぼ割愛されている。ただし、ドゥルーズやデリダの思想を著者は吸収しており、本書の他の箇所で、響き合う場合には彼らの名前を出して絡めている。このあたりは膨大な知識がなければ、とてもできない技の利いた文章だと思う。

2巻目は総じて難しい。レベルを一切落とさずに、かつ、ごく少ない紙数で幅広い哲学者たちをまとめているので、どうしても省かれた知識・思想について、こちらで勉強が不足していると、難解に感じる。

新書というのは、そこそこの一般教養があれば、予備知識のいらない叙述が求められるように思うが、その点、この本は新書の枠をはみ出て、専門書にかなり近づいている、と言える。

しかし、哲学を学ぶ者としての感想としては、感嘆と素晴らしい、という言葉が出てくる。力作であり、叡智の結晶、か。