2015年7月3日金曜日

【古楽ラノベ】こがくりお〜第四幕「鋼のリベラルアーツ」



あらすじ:国際自由学園へ入学した佐藤りゅーとは、古楽好きの両親の勧めで「ゆる古楽部」を立ち上げる。偶然の出会いから、最初の部員、森田ウードが入ってくれた。

***


俺たちふたりは、国際自由学園のカフェテラスみたいに立派な学生食堂で、昼飯を食っていた。
「おれは社会人を辞めて、ここへ入学した」と森田ウード。
「森田さんはなんの仕事をしてたんですか」
「メーカー勤務だ」
「へぇー、なにを作る会社だったんです?」
「ウードだ」

午後イチの授業は、「リベラルアーツの歴史」。俺たちが着いたとき、もはや最前列の席しか空いていなかった。仕方なくそこへ座る。

すると、すんごい美人の講師が入ってきた。しかし、冷たくツンととりすましている。なんとなくボストン・コンサルティング・グループから派遣されてきたみたいだ。
「出欠点呼、開始」
軍隊か。鉄の女、サッチャーじゃないの。俺はポッジャーの方が好き(バロック・ヴァイオリン奏者)。そして、鋼の声で講義が始まったが、俺は隣の森田とリュートの起源についてしゃべくっていた。
「リベラルアーツは一般教養だと日本では思われていますが……」と先生。
「ウードがリュートになったのって」
「そもそもは古代ローマに遡る自由学芸七科であり……」
「シチリアの宮廷へは10世紀にはすでにアラブから」
「修辞学、論理学、文法の三科と……」
「宮廷では、アラビアの真似をしてリュート伴奏で詩の朗唱を」
「また、四科は幾何学、代数学、音楽学、天文学……」
「それとはべつにジブラルタル海峡を渡ってスペインへも」
「英語で、数学は mathematics と言いますが、これは古代ギリシャ語の……」
「レコンキスタよりずっと前ですよね、まだイスラム勢力がイベリア半島に」

スパーン!!

と、ものすごい音がして白墨が目の前の机ではじけた。こっぱみじんのチョークの粉が舞う。サッチャー講師がこちらを向いて言った。

「あなたがた、話を聞いているの? いま、わたしがなにを説明していたかわかる?」

すっと森田が立ち上がり、「古代ギリシャ語のマテーマティカという言葉が「学ばれるべきことども」を意味する、というところでした」と答えた。教室中がしーんとしたあと、拍手に包まれた。だが、ボストン・コンサルティングもさるもの、眉ひとつ動かさずに「授業では、パワポとプロジェクタしか使いませんが、態度の悪い学生がいれば、チョークは投げるために使います」と宣告した。

俺は、目の前でチョークが吹っ飛んだときに、リュートの弦が切れる瞬間をなぜか思い出したね。