2015年5月26日火曜日

【本と珈琲豆】『エウロペアナ』

〜本と珈琲豆は、気楽な書評コーナーです〜


第1回日本翻訳大賞受賞。チェコ出身の作家が2001年に出した、20世紀の総括。『エウロペアナ 二〇世紀史概説』。それは奇妙で読みやすい歴史物語。


二〇世紀の大いなる失望は、義務教育や技術革新や教養や文化のおかげで人間がより優れ、より人間的になるはずだと一九世紀に期待されたことが実現しなかった点にある。殺人犯、拷問や大量殺人を行なった人物の多くが芸術愛好家で、オペラを聴いたり、展覧会に出かけたり、詩を書いたり、人文科学や医学などを学んでいた。

1944年のノルマンディーで戦死したアメリカ兵の平均身長に始まる物語は、教科書のように淡々と事実を並記するスタイルで、「ファシズム」から「ブラジャー」の発明、「バービー人形」が性的であること、「インターネット」「ユダヤ人」の大量虐殺、といった数々のテーマを行き来する。

同じ文章が何度も出てきたり、時代が逆戻りしたり、テーマが一見、錯綜するが、おそらく本書の軸は「奇妙奇天烈さ」ではなく、「博覧強記」でも「重厚さ」でもない。

主たる話題は「戦争と殺戮」であり、それに対抗するはずの新興宗教やヒッピームーブメントの異様さであり、結局のところ、どこにも救いのない二〇世紀である。

とりわけ第一次世界大戦が何度も取り上げられ、全編を通して(といっても本書は150ページほどしかない)3回も出てくるフレーズはイタリア兵の手紙。

「日を追うごとに、ぼくは前向き(ポジティヴ)になっていく」

実証主義(ポジティヴィズム)という言葉も出るが、「前向き(ポジティヴ)」は著者にとってのキーワードのようだ。二〇世紀のエウロペアナ=ヨーロッパはひたすら「前向き」に戦争と殺戮と性の放埒と異様な精神性を育んだ。末尾の一文はこうだ。

「多くの人びとは、(中略)さらなる歴史を作り上げていた。」

ネガティヴ(否定的)なことしか二〇世紀に対して書かず、「前向き」を悪い意味にとる著者が、それでも「さらなる歴史を作る」ひとびとの二一世紀を、希望を排除せずに眺めている、と読んでもよいのか。

【書誌情報】
『エウロペアナ 二〇世紀史概説』、パトリク・オウジェドニーク、阿部賢一、篠原琢訳、白水社、2014